知足庵



市ノ瀬の深き淵瀬は変わるとも 尽きぬ大悲の影は尊き

聖観世音菩薩          安藤家家紋入り古籠
 今を去る三百余年前(創建 延宝三年)紀州藩城代家老安藤帯刀公が、良遂禅師の隠居所として創建されたもので、安藤公の祈願所でもありました。

 その折りに下附された名馬「興禅寺号」の物語(下記参照)は、後に人・馬哀惜の情話を伝えています。また、安藤家の家紋入りの古篭も当時を偲ばせます。

 三百余年の風雪に耐えていた当時の建物も近年に老朽化が進み、昭和六十年に再建されました。

 聖観世音菩薩の外に文殊菩薩・毘沙門天・薬師如来・千手観世音菩薩・地蔵菩薩・不動明王・弘法大師等が安置されています。
 当庵は別名「知足庵道場」とも呼ばれ、法話や座禅会など多目的な活動の場としても利用されています。

頌徳顕彰像・頌徳顕彰記碑
頌徳顕彰記碑のことば

 良遂宗真和尚は今を去る三百年前、紀州藩 稀に見る碩徳の高僧にして大納言頼宣公光貞公城代家老安藤氏の帰依をうけ、当山入寺の際知足庵知足軒を建てられ愛馬を拝領した。

 愛馬は興禅寺号と命名され、田辺白浜方面の使い走りは申すに及ばず師の外出にはうずくまって乗下馬を助けて柤用を果す。
 元禄九年十一月十五日師の遷化にあう。

 愛馬はその日より馬小屋にこもり食を断ち師の四十九日忌に静かに息を引きとる。将に忠馬たる所以である。

 ほほえましくけなげな愛の物語を後世に伝承すべく石像を建立した。
 像石工は中国福建省福州の名工 良遂和尚悟道の師 隠元禅師出生の地なるが故なり。